2020年4月5日日曜日

藤の花

藤の花が満開です。






2020年4月1日水曜日

4月の言葉



お釈迦様を嫌いな人もいた
「誰にも嫌われたくない」
なんて思わなくていい




『法句経』
皆にてほむる人はなく、皆にてそしる人はなし
と説かれています。

私も好きな人、嫌いな人はいます。
私のことを好きな人、嫌いな人もいることでしょう。
全部、それぞれの都合の目から見た世界。自己中心の目から見た世界。
犯罪を犯した子は世間から嫌われる。しかし、その子の親は愛しい子であるが故に見放すことができない。



仏様の目から見たら、「悉皆金色」。
みな、金色にあざやかに輝いてみえる。




2020年3月31日火曜日

3月ののんの会

30日は3月ののんの会。
志村けんさんがコロナで亡くなったニュースがあり、そのこともあって、そこからお話。
何事もない日常の有難さをともに味わいました。


今回はジェンガ大会をしました。


最初はみんなで、そのあとひとりひとり総当たり。





もう抜くとこがなくなり、ひとつずつ積み上げるというサドンデス。



その後、ドミノをみんなで作りました。







前回いただいたお菓子をおやつにいただきました。
有難うございます。



コロナの脅威はまだまだ続きそうです。
お互い気をつけていきましょう。







2020年3月23日月曜日

お彼岸



お彼岸のご縁。
コロナの影響もあり、時間を短縮して勤まりました。


お彼岸はお彼岸なので、中止にも延期にもできないという考えでした。
そんな中、寺族だけでもお参りさせていただこうと思っていましたが、お参りしてくださる方々がいらっしゃって本当に有難かったです。


今回のご縁で改めて
共に仏法を味わえることが本当に有難いことといただくことでした。



2020年3月11日水曜日

ザクロ

御供養のお供えもののザクロ。
お参りがおわったあと、お下がりをいただきました。




ザクロをみると小学校の時に亡くなった長崎のばあちゃんを思い出します。


ザクロと初めて出会ったのは、長崎のばあちゃんの家。ザクロを口にしたのはそれ以来。それから20年以上経っているかもしれません。



当時、私は植物図鑑にはまっていました。
自分の中で食べてみたい木の実ランキングと言うものを作っており、それにも入ってたザクロ。(ちなみに1位はアケビでした。)

ばあちゃんの庭に育っていたザクロ。ばあちゃんがとってきてくれた時にテンションが上がったことを覚えています。
ばあちゃんが庭でザクロを半分に割ってくれて一粒一粒食べさせてもらいました。


小学生の私には、酸っぱかったと思いますが、それでも大好きなばあちゃんと一緒に食べるザクロは本当に美味しく感じたことです。


ばあちゃんを思い出しながら、お夕事をお勤めさせていただくご縁となりました。有難いことです。




2020年3月6日金曜日

ひなまつりのお裾分け

3月3日

今年も無事に桃の節句を迎え、お祝いすることができました。

娘に内緒で作っておいたひなまつりケーキ。
娘が大好きな「すみっこぐらし」というキャラクターのいちごタルトにしました。




ケーキを見たときの娘の嬉しそうな顔がとても嬉しかったです。

翌日のお朝事にお参りしてくださったご門徒さんにもケーキをお出しして、食べてもらいました。
いろんな話もはずみ賑やかなお朝事でした。
楽しい時間を有難うございました。


また機会がありましたら、お朝事などで手作りのお菓子をお出ししたいと思います。いつでも気軽にお参りいただけたら嬉しいです。






大阪から

2月27日、祖父の妹になるおばちゃんが亡くなりました。

祖父の母が亡くなったときにおばちゃんはまだ10歳だったらしく、祖母が母親代わりとして一緒に生活してきたと聞きました。

ですので、おばちゃんは、祖母にとっては我が子同然であり、私の母や叔母たちにとっては本当の姉のような存在でした。



8年前に大腸がんの宣告を受け、長い闘病生活。
抗がん剤治療や手術を繰り返しての生活を頑張っていましたが、おばちゃんの体調が急変したとの連絡を受け、私の母と叔母たちがおばちゃんのいる大阪へと向かい、みんなでお浄土へと見送ったそうです。



おばちゃんのお骨を甑島のお寺に分骨するために、祖父のもう一人の妹になるおばちゃんと私の母が大阪からお骨になったおばちゃんを連れて、真光寺によってくれました。


そして、みんなでお内仏にお参りしました。

その時に、娘が覚えたての重誓偈を無邪気な様子でお勤めしてくれました。
娘のなんまんだぶつを聞くと、おばちゃんの目から涙が溢れました。

やっと、 なんまんだぶつ   って言えた、、と。

話を聞くと、亡くなったおばちゃんは長男を出産後、3人こどもを授かりましたが、3人とも流産し、抱いてあげることができなかったそうです。
そのご縁で、浄土真宗とは別の宗教にお世話になっていたとのことでした。

もう一人のおばちゃんは浄土真宗だったため、おばちゃんの葬儀中、口には出さず、心の中でずっとなんまんだぶつと言っていたと話してくれました。 
おばちゃんが亡くなってから初めて言えたなんまんだぶつだったと涙を流し、真光寺に来れてよかった!とても喜んでくれました。


その後、無事に甑島のお寺に納骨できたそうです。


私の祖母にとって、おばちゃんの死は、我が子の死と同然で、とても辛そうでした。
いつかこの日が来るとわかっていても、実際は現実をなかなか受け止められず、周りもひどく心配していました。

でも、そんな祖母に甑島の正浄寺の坊守さんが、また会える世界があるからね。阿弥陀様におまかせすれば大丈夫!と声を掛けてくださいました。

祖母も、今はつらくはあるけど、また会える、、お陰様。お陰様。と手を合わせていたそうです。

大切な人との別れがこれで最後ではない世界。死んだら終わりではなく、また会える世界がある有難さを実感しました。


おばちゃんも、長い闘病生活を終え、いろんな痛みから解放され、10歳のときに亡くなったお母さんや、抱いてあげることができなかった3人のこどもたちと会えていると思うと、嬉しいだろうな、、と思います。

私自身もまた、いつかは亡くなる命ですが、浄土真宗でよかったと改めて思う日々です。

そして、何もわからなくても、なんまんだぶつ、なんまんだぶつ と手を合わせ、仏様を近くに感じながら育ってくれている娘の姿を嬉しく思います。


おばちゃんの死は悲しい出来事には変わりないけれど、おばちゃんがなんまんだぶつと私たちをお育てくださる仏様なのだと味わいながら、娘と一緒にお念仏させていただこうと思います。