2018年1月24日水曜日

寒くなってまいりましたね。
東京の方は大雪で大変そうですね。。

横浜の弟のお寺も雪が積もったらしく、雪かきをしている写メが送られてきました。




鹿児島も2年前に雪が積もりましたね。




ちょうど2年前の今日。1月24日。れんちゃんの命日。


今日はれんちゃんを偲びながらお勤めさせていただきました。





ある御門徒さんがおっしゃった。

うちの主人はちょうどこの大雪の日に亡くなりました。だから、雪をみると思い出すんです。わたしのために思い出しやすい日に亡くなってくれたのかな?思い出すと「そうだったそうだった」とお仏壇に自然と足が運び、手が合わさるんです。

と。
思い出すことは寂しさ、悲しさをまた味わうかもしれません。でも、同時にその寂しさ、悲しさがその方とのつながりの深さだと味わえます。

雪を見て、あの人を思い出す。
また、あの人を思い出す時に、あの日は雪だったなぁーと思い出す。

そして、思い出すと同時に「そうだったそうだった。」と手が合わさる。

なぜ、この方は思い出したように手を合わせるのでしょうか?

この方はきっと仏様に出遇われたからでしょうね。

寂しさ悲しさの中で、「そうだったそうだった。あの人はいつでもどこでも私のもとに来てくださる南無阿弥陀仏の仏様だった。今、あの人は私にご一緒くれていたんだ。」と慶んでいらっしゃるのでしょう。
有難く、尊いご門徒さんのお言葉でした。


若院