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2019年11月20日水曜日

第23回澍法会

今回、真光寺に初めてお越しいただいた渡邊崇之先生。




日常の出来事を通して、阿弥陀様のお慈悲の温もりをお取次ぎしてくださりました。

渡邊先生のご縁は次回は2021年のお盆法要です。また、楽しみにお聴聞させていただきましょう。

2019年6月12日水曜日

第22回澍法会

昨日は第22回澍法会でした。

今回のご縁は木下明水先生のご法話。




「お正信偈は覚えるほど、毎日お勤めしましょう」

法話の中で度々おしゃっていました。



真光寺では毎朝、8時にお朝事でお正信偈をいただきます。

毎日のようにお参りくださる方、
週に数回お参りくださる方、
月に数回お参りくださる方、

それぞれの生活に合わせ、習慣とされていらっしゃるお朝事仲間があります。
お朝事はご供養と違い、御仏前は必要ありません。
終わった後はご法事でのあさがりのお菓子などいただきながら、ワイワイガヤガヤと楽しい雰囲気です。


日頃の習慣として是非お参りくださり、お朝事仲間になってくだされば、本当に嬉しいです。



2019年5月16日木曜日

第21回澍法会




第21回澍法会のご縁。
今回のご縁は福間義朝先生。


わかりやすく、「ご縁」のお話をしてくださりました。



次回は6月11日。木下明水先生。
澍法会は願いと法座の大切さを共有してくださる方々のおかげで存続しています。
ぜひ、初めての方も気軽にお話を聞きにいらしてください。

2019年4月25日木曜日

第20回澍法会

23日は第20回目の澍法会でした。



お客僧は藤田慶樹先生・立花慈光先生のお二人。
30分と40分に分けてお話をいただきましたが、あっという間の時間。

有難い時間をいただきました。














2018年11月18日日曜日

第19回澍法会

11月11日。

第19回澍法会でした。
今回で四年目が終わる澍法会。

ご講師は服部法紹先生。


ご本願のお話でした。

祖父の話を通して。
祖父の願いは小さい頃からかけられていた。そのことの気付いたときに、安心をいただき、人生の方向性まで定めていただく。


阿弥陀様の願いも同じように常に私にはたらいてくださっています。
そこに気付くか気付かないか、感じるか感じないかで人生の方向性も変わっていくのでしょう。






昼座   コーヒーを楽しむ会(川内組)



夜座。



2018年7月3日火曜日

第18回澍法会



台風が心配される中、たくさんのお参り。。

本当に頭が下がります。

こうしてまた一緒に仏さまのお慈悲を慶べるご縁を嬉しく思います。



2018年6月11日月曜日

第17回澍法会

6月9日は澍法会でした。




講師は井上見淳先生。

わかりやすく、有難いお話。


亡くなっていかれた縁ある方、何を遺してくれたのか、どんな言葉を遺してくれたのか。

それはそれぞれでしょう。


私どものお仏壇の仏さまは立った姿の仏さま。
その姿は私どもを心配してくださっている姿をあらわしてくださっています。


生きているときは、言葉や行動、背中、雰囲気、いろんな手段で私に遺してくれたものがあるでしょう。
亡くなったその縁ある方は、立った姿の仏さまと同等。
私どもを心配で心配で見守ってくださっている仏さまになってらっしゃる。

そのことを確認していく場がご法事などの仏事。

大切に大切に向き合いたいものですね。


その大切に向き合う中で
『おかげさま』
という味わいをいただけるのでしょう。


あの方のおかげでした。あの人のおかげでした。
辛い、悲しい別れだったけれども、大切なことをお聞かせいただきました。味わうことができました。おかげさまでしたと。

2018年5月7日月曜日

第16回澍法会

第16回澍法会は山口県の福田康正先生をお招きしてのご縁。





ゴールデンウィーク最終日、そして、大雨ということもあり、いつもより少ない参詣。



しかし、そんな中でもお参りに来てくださっているお同行さんの姿は本当に本当に有難いです。



一緒に同じ方向をむいて歩んでいける、何によりも嬉しいです。






お浄土に生まれて、仏になるといただいて今を生きている人と

死んだらしまいよと生きている人。



生き方は違うというお話。








来月は6月9日(土)、龍谷大学教授でもある井上見淳先生のご縁です。
今回来れなかった方も、澍法会にまだご縁ない方も、ぜひ、時間を作ってお聴聞ください。

若院

2018年4月13日金曜日

第15回澍法会

澍法会も今年で3年目。
澍法会のあいさつでも申しましたが、おかげさまで続いております。



ありがたいことです。




講師は松月英淳先生。
わかりやすく丁寧にお話しくださいました。

阿弥陀様とご一緒ではなく、

阿弥陀様がご一緒。

「と」と「が」でまったく違う。
いつでもどこでもどんなときでもご一緒。

私が気付こうが、気づくまいがご一緒。
分かろうが、わかるまいがご一緒。











2017年11月8日水曜日

第14回澍法会


昨日は澍法会。
福岡より角道宏先生をお招きしてのご縁。
たくさんの方と仏法をよろこぶ有難いご縁となりました。
澍法会も三年目が無事終わりました。
また来年も楽しみに。

若院

2017年7月13日木曜日

第13回澍法会

7月11日は澍法会でした。


午前中、地震があったにもかかわらず、たくさんのお参り。


無料の公開法座であっても、お話を聞きに来てくださる方がいなければ、法座というものは成立ちません。
おかげさまで13回も勤まったことを有難く思います。

お寺はイベントをする場ではなく、あくまでも仏様のお話を聞く場所。そのことを大切にしていきたく思います。


若院

2017年6月14日水曜日

第12回澍法会



昨日は第12回目の澍法会。

昨日は有難いことにたくさんのお参り。満堂でありました。


講師の先生は真光寺に初めてお見えになる先生。
正木隆真先生。


阿弥陀様が私に入り満ちて、私の人生支えてくださる。
そのことを丁寧にお話くださりました。




昨日法座が終わってから、また今日、お朝事にお参りされたご門徒さん方に

有り難かった。

涙が止まらんやった。

笑ったー。

また呼んでくれ。




等、たくさんの方がおっしゃってくださりました。
正木先生は次回は2020年の永代経にお願いしましたので、みなさんまた楽しみにしておいてください。


若院




2017年4月17日月曜日

第11回 澍法会

澍法会も今年で3年目に突入です。
今回は少ないお参り。残念でしたが、共に阿弥陀さまのお話を聞かせていただきました。





ご講師は木下明水先生。


黒板を使わず、わかりやすくお話くださりました。


若院

2016年11月8日火曜日

第10回澍法会

昨日は澍法会。

福岡から角道宏先生をお招きしてのご縁。


倶会一処」のお話。
「倶(とも)に一つの処(ところ)で会(あ)う」というご文(もん)で、阿弥陀様のお浄土でまた共に会わせていただくという意味。
真宗門徒の多い広島、山口のお墓によく「倶会一処」と彫られています。

最近「愛」やら「絆」と彫る人がいるそうですが、もともと亡き人に対して「愛」、「絆」はあるからお墓を建てるのです。
新しくお墓を建てる方は「倶会一処」をオススメします。旧字体を使うなら「倶會一處」。

この世界で別れていかねばならないですが、また会えるお浄土を私たちはいただいています。


人は死んだらゴミになる。
人は死んだら終わりよ。
という方がいらっしゃる。その人はその人のよりどころでそう感じ人生を生き抜くことでしょう。


しかし、私はそうはいかない。

母は消えてなくなったのか?



お浄土がないと困ります。
また母に会えるお浄土がないと困ります。


以前、ある先生がおっしゃっていました。

死んだら終わりと思っていた方が、病室で子どもにかける言葉がわからんかったと言ってました。
しかし、子どもさんが亡くなったあと、お聴聞を続けていく中、「もう少し早く仏様に出遇っていたら、あの子にかける言葉も違ったろうな。でも、あの子のおかげで今私が仏様に出遇わせていただいた」とおっしゃっていました。

死んだら終わりじゃ解決できないのです。


「倶会一処」をいただける阿弥陀様の願いとはたらきの南無阿弥陀仏。

私が亡き方をご縁として南無阿弥陀仏をいただいて、死んで終わりじゃない「倶会一処」の人生をいただく。そのことを聞かせていただく場が法座です。
法事をご縁に法座に参る日暮らしをどうか送っていただきたく思います。


                                                                                                                        若院

2016年6月19日日曜日

二階堂和美さんの澍法会ライブ

二階堂和美さんの澍法会ライブ。


若い方もお参りに。嬉しいことです。

なかには親、子、孫と3代そろってのお参りも何組かありました。有難いことです。
良いですね。なかなかできないことです。いつか自分も3代そろってお聴聞したいです。。。



「今は南無阿弥陀仏、阿弥陀如来等の言葉は私の歌詞では出てこない」と二階堂和美さんはMCの時におっしゃっていましたが、よくよく聴かせてもらうと、柔らかい言葉や深いメッセージで仏様の教えの一雫を所々に感じることができます。



「いまのすべては    過去のすべて」という言葉は
ジブリ作品『かぐや姫の物語』の物語の主題歌『いのちの記憶』に出てくる歌詞です。


辛いことも楽しいことも、悲しみもよろこびも。失敗も成功も
過去のすべてが今の私となっています。
すべてが今の私を育ててくれています。無駄なものなどひとつもないです。





また同じ『いのちの記憶』の最初の歌詞。

「あなたに触れた よろこびが
深く 深く
このからだの 端々に
しみ込んでゆく」

あー。この言葉も御法義を味わえるなーと感じました。
「あなた」を「仏様」と味わう。


仏様に出遇わせていただいたよろこび。最初はよろこびの一欠片もないかもしれませんが、お聴聞を続けていくにつれ、よろこびを感じられるようになります。

昔の御門徒さんは
「仏様のお話は毛穴から染み込んでくる」って言っていたそうです。


いつの間にか、仏様からお育てをいただいているそのことに気付けたらしあわせですね。










『いつの間にやら現在(いま)でした』という歌もありました。


「どうぞお聴聞してください」と法事の度にご案内しますが、
「そのうち」「まだそんな歳ではない」とたまに返事が返ってきます。

いつ亡くなるかわからない命。ですので、今の歳は関係ないです。
澍法会には20代の方も30代の方も全体の割合としては少ないですが、若い方もお聴聞にいらっしゃってます。



「そのうちそのうち」言っているうちに、いつのまにやら人生が終わってしまいます。
それでは手遅れ。命あるうちにお聴聞ください。
澍法会は無料です。いつでもいらしてください。



いつのまにやら終わる人生でなく、いつのまにやら仏様にお育ていただく人生を。


                                                                                                                        若院